Albatross on the figurehead 〜羊頭の上のアホウドリ


 BMP7314.gif 歌声のしずく BMP7314.gif


     12




  ―― 時間を少々逆上っての、
    こちらは、歌姫さんたちが詰めておられた
    入り江の社を覗いてみれば。


聖泉の祭りのクライマックス、
神殿の大岩戸の井戸へと宝珠を捧げる儀式を前に。
それへかかわる神官や巫女、そして歌姫という一同は、
海の神様へとお祈りを捧げるその身を清める必要があるため、
禊斎という“みそぎ”の儀を受ける。
神殿にて祈祷を捧げて清めを受けた
聖なる泉の水でその身をすすぎ、
こちらも清めた上で香を焚きしめた衣装をまとい。
一晩だけの仮のそれながら“巫女”になる歌姫は、
神楽鈴と白咒弊を結んだ玉串とで、
色々むにゃむにゃとお祓いを受けて…と。
世話役の代表が監視の元、
一連の儀式が執り行われるのだが、
入り江の社は岩盤の屋根と海とに囲まれた環境だからか、
祭りのにぎわいからも遮断されて、至って静かな場所であり。
だから尚のこと、気配なく近づくのは難しいことだったはずなのに。

 「む、何だ、貴様らはっ!」

唐突に声を張った見張りの男衆を、
それは手際よく薙ぎ倒して昏倒させた勢いのまま、
本当に突然、どっとなだれ込んで来た一団があったのは。
どれほど荒ごと慣れしていたかを
無駄のない動きによる静かさで、
証明して見せたようなものだったのかも。

 「な、何事か。」
 「衛士はどうしたっ。」

その身が土へも直には触れさせぬためという配慮から、
こちらも白木の板張りで、
少しほど段差を取った床をこさえたその上、
御座(おまし)に座っていた歌姫のを庇い。
世話役のおじさんが立ち上がり、
神官の皆様も盾になるよに立ち塞がったが、

 「ええい、退け退け。」

相手も何かしら打ち合わせがあっての乱入であったらしく、

 「邪魔だてしなけりゃ怪我はさせねぇ。」

そうと言いつつ、既に数人の護衛を薙ぎ倒しての乱入であり。
それなり、力自慢や度胸のある者が選ばれている衛士が、
真っ先に叩きのめされていることで。
年嵩の世話役には多少なりとも脅威だったろうに、
そうと言われちゃあ黙ってもおれぬ。

 「何をっ!」
 「去れ去れっ、ここには何のお宝もないぞっ!」

語気を強めて怒鳴り散らしたものの、
禊斎をしていた身だったがため、
棒の一片でも武装がないのはさすがに心許ないというもの。
ギリと握ったこぶしを、だが振り上げも出来ぬ世話役たちだと見るや、

 「ああ、そうだな。金目のもんは無かろうよ。」
 「だからこそ、
  無駄にあがいて怪我でもしちゃあ
  損するばかりだろうがよ。」

若いのが多い顔触れは、だがだが、
場慣れしているのだろう、
脅しの文言もなかなかに様になっており、

 「なに、俺らはそっちのお嬢さんに用があるだけだ。」

手にしていた刀で指して見せたのが、
年若い巫女らと身を寄せ合って
奥向きに庇われていた白装束の歌姫、嬢であり。
指された途端、それで切られるとでも思ったか、

 「あれ怖い〜っ。」
 「きゃあっ。」

いくら巫女でも、まだまだ少女ら。
神様に仕える身なのだ、
何が起きても毅然としていよだとか、
それなりの心得や作法などなど、
しっかと身につけてもいただろうが。
印象も濃い、いかにもむくつけき無法者らに半笑いで睨まれては、
どんなに気丈でも恐ろしさの方が勝るというもの。
何より守らねばならぬはずの、
神様から宝珠を授かりし歌姫を庇うお役目も放り出し。
あっと言う間に素のお顔に戻っての、
社の戸口側へと逃げ出してしまったほどであり。

 「うんうん。いい子たちじゃねぇか。」
 「そっちのお嬢ちゃんもな、
  大人しくしてりゃあ何にもしねぇから。」

何せ俺ら、今日は紳士だしと言った端から、
そんなの冗談だと言わんばかり、
品のない顔で“がはは”と笑い立てるお歴々だもの。
怖さよりもお怒りのほうが、
むくりと内心で頭をもたげ始めていた聖なる歌姫様だったのだが、

 「貴様ら、なに失敬なことをほざいてやがるっ!」

完全に余裕に満ち満ちてのこと、
へらへらと笑ってばかりな賊らが囲む、
無慈悲な取り込みの輪がじわじわ狭められていたそんな中。
張りのいい伸びやかなお声が割り込んで来ての、
こっちの乱入者たちが無理から叩き壊して開けた戸口から、
扉がはまっていた枠ごと粉砕しての間口を広げつつ、
目にも止まらぬ速さで、何か黒っぽいものが突入して来た…ような?

 「あ?」「なんだ?」「な…っ」

遠い者ほど距離があったことで救われたようなもので、
戸口手前にいた何人かが、あっと言う間に薙ぎ倒されており。

 「………………え?」

こちらを追い詰めていた怪しい連中が揃いも揃って、
背後へと振り返ったそのまま凍りついたのは、
間違いなく不意を突かれたからだろう。
何しろ、彼らにも浴びせられた言葉にもあったように、
ここには換金性の高い値打ちものは置かれちゃいない。
町のあちこちで繰り広げられている、
宝探しだの早喰い競争だのの賞金を
直に奪った方が手っ取り早いというもので。

 「なっ、お前 何もんだ。」
 「つか、何しに来た。」

それはお見事に、瞬殺という勢いで薙ぎ倒されたお仲間だったの、
やややと驚きつつも助け起こすほどの友情はなかったらしいが。
場慣れしていればこそのこと、
想定していなかった乱入へと驚いたのも束の間で、

 「この歌姫さんがどうなってもいいのか、ごら。」

闖入者を見据えつつも、
もはや届くところにまで迫っておりましたという、
彼らにも標的だった歌姫のさんへ手を伸ばし。
馬鹿だろお前、今この場でも楯に出来るんだぞと、
引き寄せようとしかかったものの、

  ―― 斬っっ、と 鋭い疾風一閃。

まず最初に飛び込んだ先鋒が、
実はこれでも
“善良なる歌姫さんもおいでだから”と
遠慮した攻撃よりも 数倍深々との勢いよく。
左から右へとの横薙ぎに、
何かは見えなんだが異様に重たい“圧”が押し寄せ、

 「え?」
 「げ…っ。」
 「がはっ!」

足元へと叩きつけたその圧に、
文字通り足元を掬われて立っていられなくなった者もあれば。
微妙に右肩上がりだった軌跡の右側に居合わせた者は、
脾腹を突かれたり、みぞおちをどんと突かれたりしてのこと、
やはりやはり立っていられずにその場へ頽れ落ちており。

 「あ……。」
 「ごるぁっ、こんのクソまりも野郎っ!」

あっと言う間に ぱたばたばたと、
自分を取り囲んでいたむさ苦しい賊共が倒れ伏したのへ。
どんな奇跡か、はたまた魔法か、
それで助けられたにもかかわらず、御座にへたりと座り込んだまま、
唖然としていたさんの手前にて。
何でなのだか、先鋒だった金髪にダークスーツの男性が、
がぁっと怒り狂った様相へ大変身して見せて、

 「いきなり何 本気の刀を振るってるかな。」

肝心な彼女にまで当たってたらどうすんだと、
そりゃあ激しく怒りつつも。
それでも…緑頭の剣豪へ詰め寄る前に、
さんへと手を延べて、
さあこちらへと誘(いざな)ったところは
紳士としてはなかなか周到ではあったれど。
それへと対する剣豪さんはと言や、

 「…あんなもん本気じゃねぇよ。」

確かに、本身の大太刀を横薙ぎに一振るいしたのは事実。
その太刀をくるりと返して持ち直す所作もなかなか小粋で、
大きく一歩踏み出し、低く構えての一閃だったの、
すっくと姿勢を戻しつつ、
余裕錫々、ぱちんと鞘に収めながらのお返事がまた、
何とも静かで単調だったのが、渋くてカッコよく響いたものか。

 「きゃあvv」
 「お助け下さってありがとうございますvv」

逃げ出したはずの巫女の少女二人が、
左右から飛びついての素敵素敵とまとわりついたものだから。

 「あ、あ、あ。こんのやろが〜〜〜。」

先鋒だった蹴撃の貴公士様、
いいトコどりしやがってとお手々がわなわな震えており。
そんな風に注意力が散漫だったからか、

 「こ、この野郎〜〜〜。」

床へと倒れ伏していた面々の中、何とか意識があった一人が、
目の前を退避しかかるさんの足へと、
その手を延ばしかかったのは丸きりの盲点だったらしく。

 「え?」

慣れない和装で、しかもおっかない目に遭ったばかり。
体がこわばっていてのこと、動きがぎこちなくなっていたからかと、
動かぬ足元を見下ろしたその先に。
骨太な大きい手があっての、足首をがっしと掴まれていた恐ろしさ。

 「手前ぇだけは逃がせねぇんだよ。」

どうあっても嬢を連れ出したいらしい、
無頼の賊らの執念深さよ。
さしものお転婆さんも敵わぬか、
あまりの恐ろしさに
“ひぃ”と悲鳴を上げかけたさんの足元目がけ、

 「ゴムゴムの、石蹴りっ。」

ひゅんっと飛んで来た何かがあって。

 「わっ」 「きゃっ!」

掴みかかってた賊は、まともに顔へと当たった攻撃のせいで、
慌てふためいての手を放し。
そんな動作に力任せに揺すぶられ、
立っていられなくなった歌姫様もまた、
その場へ転びかかったのだけれども。

 「お。」 「あら。」

危ない危ないと受け止めかけたサンジの腕より先んじて、
ばいん・ぼよんと妙に弾む何かがお尻の下にすべり込んでおり。

 「蹴り飛ばした返しを、やわらかいバネゴムにしたんだな。」
 「おお、さすがウソップ。」
 「見ただけで素材の性質を見極められるのですね。」

解説の長鼻さんの見解へ、
実況のトナカイさんとゲストのソウルキングさんが、
おおお〜っと沸いて見せ、

 「何だ何だ、こいつらはよ。」
 「麦ワラの一味ってのはあれだ、
  あちこちで人助けして回っていい気になってる、
  勘違い野郎どもだって話だったのによ。」

吹っ飛ばされたり薙ぎ払われたり、
奇襲をかけたはずの身が、逆にしたたかに翻弄されの。
手が余ってた顔触れからは、
いいように笑い者になるように弄ばれのしてしまい。
話が違い過ぎないかと泣き言を並べる連中なのへと、

 「勝手なお言いようをしなさんな。」

戦闘班の三巨頭が見せた活躍に任せ、
暢気にも実況なんて側に立ってたアフロの骸骨さんが。
手に提げていたステッキを、くるり・くるくると回して見せると、

 「今までどんな無体をし倒して、
  どれほどの人たちを困らせて来たのかが、
  あっさり知れる物言いですよね。」

びしぃっとステッキの先で賊どもを指し示して見せてから、

 「そういう良からぬ魂胆の人性の者はネ、
  死んでのちには地獄へ落とされるんですよぉ?」

急に声音が低くなり、しかもしかも、
骨張って見えて実は柔軟な体つきなのか、
いやいや、一方にしか曲がらぬようにと
付いてるはずの筋肉が無い身だから
関節がどっちにも曲がるよう侭が利くものか。
床へと倒れ伏してる面々のそれぞれの顔の、
ずずいと近々までへと寄せられた髑髏のお顔。
剥き出しの歯をカタカタタと鳴らしてのお説教は、
此処が社という場所だってことも手伝ってか、
陰に籠もって物凄いものがあり。

 「何なら この私が、
  冥い冥い黄泉の深遠までの道案内を、
  買って出てあげましょうか〜〜〜〜〜?」

アフロの髪にて陰を作り、
怪しげなお言いようを、
無表情のままに昏いトーンで囁いたりした日にゃあ。


  「ひぃいいい〜〜〜〜〜〜っっ。」×@


どれほどの破天荒や乱暴を重ねて来た一味かは知らないが、
実に他愛なくも悲鳴を上げて
戦意を失ってしまったほどなのだから…推して知るべし。





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  *男衆たちの活躍も書かないと、醍醐味が足りませんものね。
   でもって、やっぱり荒事担当は限られてしまうのでありました。


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